ポストコロナ時代における福利厚生とは

企業における福利厚生とは

「福利厚生」とは、給与や賞与といった基本的な労働の対価にプラスして、従業員向けに提供される報酬を指します。福利厚生には、法定福利厚生と法定外福利厚生があります。法定福利厚生とは、企業が費用負担して従業員に提供されることが法律で定められているもので、社会保険(雇用保険、健康保険、介護保険、労災保険、厚生年金保険)や子ども・子育て拠出金などが該当します。一方、法定外福利厚生とは、法定福利に追加して企業の判断により提供されているものです。一般的な法定外福利厚生としては、住宅手当、通勤にかかる交通費、健康診断や人間ドックの受診料、退職金、企業型確定拠出年金などがあります。近年では、それ以外にも他社との差別化を図るため、ユニークな法定外福利厚生を提供しているような企業もみられています。

企業が従業員に対して福利厚生を提供することにより見込まれる効果ですが、従業員に対する直接的な効果として、会社に対する満足度の上昇や従業員の健康維持・増進が得られやすくなり、生産性の向上にも繋がっていくことが予想されます。また福利厚生の充実に対する外部からの評価として、企業価値が向上し、採用などに有利に働き、また従業員の離職を抑える効果なども期待できるのではないでしょうか。

一方で福利厚生を充実させると、当然、会社の費用負担や管理の負担は増大することになります。一般社団法人 日本経済団体連合会の「2019年度福利厚生費調査結果の概要」によると、企業が負担した福利厚生費(法定福利費と法定外福利費の合計)は、従業員1人あたり1ヵ月平均で108,517 円(前年度 113,556 円)となっています。法定外福利厚生費のうち、医療・健康費用が3,187 円(前年度 3,161 円)で法定外福利費に占める割合は13.2%となっています。これは、1963 年度(14.1%)以来の高い数値となり、健康投資に力を入れている企業の姿勢が伺えるとされています。

福利厚生のトレンド

法定外福利厚生は、時代の世相を反映したトレンドがあるようです。高度成長期からバブル期にかけては、充実した社員住宅や保養施設・娯楽施設の利用など、休日の充実に福利厚生が当てられるようになりました。しかし、平成に入り、バブルが崩壊すると経済は停滞し、企業の福利厚生費は見直しが行われるようになり、企業は低コストで提供可能な福利厚生を指向していきます。福利厚生を外部委託することで、コストや管理の手間をかけずに従業員に充実した福利厚生が提供されるようになったのもこの頃からだと思います。平成の後半から令和にかけては、国を挙げてワークライフバランスや働き方改革が推進されています。従業員の健康が重視される傾向が強まり、企業は、健康投資に関連のあるような福利厚生サービスをより充実させていくことが予想されます。

株式会社OKANが2020年に行ったwithコロナで変化する「働くこと」に関する調査によると、従業員が求める福利厚生ランキング(2020年度)では、1位が「特別休暇」、2位は「慶弔支援」、3位は家族手当などの「ファミリーサポート」となっています。注目すべきは、4位には「ヘルスケアサポート」が入っていることではないかと思います。この結果から、従業員は、福利厚生を通して、従業員本人とその家族の日常のサポートをと希望し、また健康やメンタルヘルスのサポートを期待しているのではないでしょうか。

ポストコロナにおける福利厚生に求められるものとは

厚生労働省の定期健康診断結果調によると、定期健康診断における有所見率は年々増加の一途を辿っており、令和3年には58.7%となっています。また厚生労働省の労働者健康状況調査によると、仕事や職業生活に関する強い不安、悩み、ストレスを感じる労働者の割合は令和3年で53.3%と労働者の半数以上が仕事や職業生活に強い不安や悩み、ストレスを感じています。また過去1年間(令和2年11月1日から令和3年10月31日までの期間)にメンタルヘルス不調により連続1か月以上休業した労働者又は退職した労働者がいた事業所の割合は10.1%と年々増加が見られています。精神障害の労災認定状況も年々増加の一途をたどっています。(令和3年度「過労死等の労災補償状況」

このような状況の中で、ポストコロナにおける福利厚生、特に法定外福利厚生を考えてみると、一つのキーワードがみえてきます。それは「安心して働けること」ではないでしょうか。福利厚生を通して、従業員とその家族の日常をサポートし、また健康やメンタルヘルス面のサポートの充実により全ての従業員が安心して働けるようにすることは、企業が取り組むべき課題のひとつではないかと思います。

産業保健の充実は福利厚生?

労働安全衛生法や労働安全衛生規則に定められている産業保健活動を行うことは、企業が果たすべき義務です。そのために必要な産業保健スタッフを確保し、適切な産業保健活動の提供が求められています。しかし、法令で定められている業務だけで果たして十分といえるのでしょうか?

令和4年10月から、厚生労働省で、産業保健のあり方に関する検討会が開催されています。この中で挙げられている課題のひとつに「法令が想定する産業保健活動と実態の乖離」が挙げられています。法令に規定されている産業医や衛生管理者の職務が多様化する課題に即しておらず、産業医や衛生管理者の資質、実際の活動内容とも乖離が生じているとされています。

1000人未満の事業場では、産業医の活動時間が少なく、職場巡視や衛生委員会への出席が中心で、必要な健康管理活動が行えていない事業場が多いことが指摘されています。具体的には、産業医との契約を月1時間程度とし、法令上の義務となっている職場巡視や衛生委員会の出席だけを行っている(労働者の健康管理はほとんど行っていない)事業場があると記載されています。

以下に産業保健スタッフ(特に産業医)の活動時間と、1年に1人の従業員の健康管理に費やせる時間について概算したので、結果を示します。

簡略化のため、産業医の業務を法定の安全衛生委員会への参加、職場巡視、定期健康診断の結果確認と就業区分判定、それ以外の従業員の健康管理に分け、事業場の規模、産業保険スタッフの配置や活動時間ごとに結果を見ています。実際には多様な業務が発生するため、実態にはそぐわない部分もありますので、結果はあくまで参考としてみてください。

大企業については、月1回の安全衛生委員会(1時間)に産業保健スタッフが全員参加、月1回の職場巡視(1時間)に産業医1名、保健師1名が参加、定期健康診断の結果確認と就業区分判定が1年に1回行う(簡略化のため判定は1人あたり1分で行うと想定)と仮定すると・・・

1000人の企業に専属産業医1名(週4日、1日8時間)、保健師1名(週5日、1日8時間)が常勤で勤務する場合、産業保健スタッフの1年間の延べ勤務時間は3744時間、安全衛生委員会参加、職場巡視、就業区分判定に必要な時間64.7時間を差し引くと、1年間で1人の従業員あたり、健康管理に3.7時間を費やすことが可能。

3000人の企業に専属産業医2名、保健師3名が常勤。上記と同じ条件で勤務する場合、1年間の延べ勤務時間は9568時間、安全衛生委員会参加、職場巡視、就業区分判定に必要な時間134時間を差し引くと、1年に1人の従業員あたり、健康管理に3.1時間を費やすことが可能。

このように、大企業では、時間的には比較的充実したサービス提供が可能であることがわかります。

一方、中小規模事業場については、月1回の衛生委員会(安全衛生委員会)(20分)に産業保健スタッフが全員参加、月1回の職場巡視(10分)に産業医が参加、定期健康診断の結果確認と就業区分判定が1年に1回行う(簡略化のため判定は1人あたり1分で行うと想定)と仮定すると・・・

50人の企業に嘱託産業医1名(月1回1時間勤務)。1年間に1人の従業員の健康管理に5.8分を費やすことが可能。

100人の企業に嘱託産業医1名(月1回1時間勤務)。1年間に1人の従業員の健康管理に2.6分を費やすことが可能。

100人の企業に嘱託産業医1名(月1回3時間勤務)。1年間に1人の従業員の健康管理に17分を費やすことが可能。

300人の企業に嘱託産業医1名(月1回3時間勤務)。1年間に1人の従業員の健康管理に5分を費やすことが可能。

300人の企業に嘱託産業医1名(月1回3時間勤務)、保健師が1名(月2回3時間勤務)として、1年間に1人の従業員の健康管理に18.6分を費やすことが可能。

産業医や保健師の面談指導を1件20分で提供するとして、各従業員に対して年に1回は面接指導の機会が与えられるような体制を整備するためには・・・

50人の企業に嘱託産業医1名(月1回2時間勤務)。1年間に1人の従業員の健康管理に20.6分を費やすことが可能。

100人の企業に嘱託産業医1名(月1回3.5時間勤務)。1年間に1人の従業員の健康管理に20.6分を費やすことが可能。

300人の企業に嘱託産業医1名(月1回3時間勤務)、保健師が1名(月1回7時間勤務)。1年間に1人の従業員の健康管理に21分を費やすことが可能。

大企業の産業保険体制と比べると、決して十分とはいえませんが、少なくとも全ての従業員に対して年に1回程度、面談指導を提供することでより安心して働ける体制が整備できるのではないでしょうか。

(上記の想定は、安全衛生委員会や職場巡視に必要な時間を短めで見積もっており、事業場の業種や規模によっては、必要時間がより長時間となることは考慮する必要があります。)

法定の産業保健活動に加え、ヘルスケアサポートを全ての従業員に提供するためには、産業保健スタッフの充実、産業保健活動の時間の十分な確保が不可欠ではないでしょうか。法定の産業保健活動以外に従業員のニーズに応えるべく、ヘルスケアサポートを充実させることは、ポストコロナ時代における福利厚生の重要な課題となると考え、対策を検討することをお勧めしたいと思います。